東京地方裁判所 平成10年(ワ)20825号 判決
原告 川鉄リース株式会社
右代表者代表取締役 山口欽也
右訴訟代理人弁護士 多田武
同 鈴木雅芳
同 今井博紀
同 本間通義
同 古田茂
被告 信用組合大阪商銀
右代表者金融整理管財人 阪口春雄
同 中野正信
右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦
同 中澤洋央兒
同 荒川雄次
同 山本矩夫
同 岩井泉
同 藤井薫
右訴訟復代理人弁護士 大杉和義
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
(主位的請求)
被告は原告に対して金一二億八七五〇万三五一八円及び内金九億七九四六万〇二二九円に対する平成一〇年四月一日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
(予備的請求)
被告は原告に対して金九億七九四六万〇二二九円及びこれに対する平成五年九月一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
(一) 原告は大商リース株式会社(以下、単に「大商リース」という。)に対して平成二年八月三一日、以下の約定により金一〇億円を貸し付けた(以下、「本件貸付」という。)。
(1) 返済期限 平成五年八月三一日
(2) 利率 長期プライムレートに〇・八パーセントを加算した率
(3) 遅延損害金 年一四・六パーセント
(二) 大商リースは、本件貸付に関して、平成五年八月二三日、別紙1記載の文書(以下、「本件書簡」という。)を作成してこれを原告に提出する一方で、被告は、平成五年八月二三日、別紙2の「念書」と題する書面(以下、「本件念書」という。)を作成して、これを原告に提出した。
(三) 本件貸付の返済期限については、原告と大商リース間で平成七年八月三一日に変更することが合意された。
(主位的請求の要旨)
本件念書により、被告と原告との間で、大商リースが本件貸付の返済ができない状態に至ったことを停止条件として、被告がその支払を担保するとの合意が成立したものとして、その履行として残元本額、平成七年九月一日から平成一〇年三月三一日までの確定遅延損害金及び平成一〇年四月一日から支払済みまでの約定遅延損害金の支払を求める。
(予備的請求の要旨)
被告が本件念書を原告に提出したことが原告に対する欺罔行為として不法行為に該当するものとして、残元本額を損害額としてこれと不法行為以後の法定利率による遅延損害金の支払を求める。
二 争点
1 本件念書により、被告が大商リースの本件貸付の返済について支払を担保する合意が成立したかどうか
2 本件念書の提出が欺罔行為に該当するかどうか
三 当事者の主張
(争点1について)
1 原告
(一)(大商リースと被告の関係)
大商リースは被告の貸出業務を補完する日的で設立された会社であり、その役員及び従業員の大多数は被告から出向した者により構成され、また、大商リースの株式の過半数を被告関係者が保有していたもので、大商リースの実質的経営主体は被告であった。
したがって、大商リースに債務不履行が生じることは被告についても信用不安を引き起こしてその破綻につながる危険性があった。
(二)(本件念書が提出されるまでの経緯)
(1) 原告は平成五年当時財務内容が悪化したため、本件貸付の回収を図る必要性が極めて高かったことから、当初、弁済期の延長はせず、弁済期に全額の返還を求める方針であり、原告大阪支店融資部長中村明人(以下、「原告中村部長」という。)はその旨を当時の大商リース代表者東(以下、「東」という。)に伝達していた。
(2) これに対して、東は一括返済を拒絶したために、原告中村部長は一括弁済が不可能ならば分割弁済するよう求めたが、東は分割弁済に関しては被告と交渉するように求めた。
(3) そこで、原告中村部長は平成五年七月二一日に被告専務理事大林健史(以下「被告大林理事」という。)と面談したが、大林も弁済猶予を求めるにとどまった。
(4) 原告中村部長は、平成五年八月四日、東に対して弁済猶予の条件として分割弁済案とこれにともなう利率の変更を提示したが、東がこれを承諾せず無条件の弁済猶予を懇請するにとどまったために、同月一二日、原告は大商リースに対して弁済猶予のための最終条件を提示するとともに、これに応じないときには法的手段を講じる旨の通知をした。
(5) そして、平成五年八月一八日、被告理事長山喜勉、被告大林理事及び東が原告を訪問して、対応した原告中村部長に対して無条件の弁済猶予を懇請したが、その過程で、同人らは本件債務の弁済については被告が責任を負う旨を表明した。
これに対して、原告中村部長は、被告が最終的な弁済の責任を負うのであればその旨を記載した書面を提出するよう求めた。
(6) 以上のよぅな経過により、平成五年八月二三日、大商リースから本件書簡が、また、被告から本件念書が提出された。
(三)(本件念書の法的効果)
右の経過から見れば、本件念書は被告が大商リースの債務について責任を負担しない限り原告の弁済猶予は得られない状況のもとで作成されたもので、また、原告から弁済猶予を得ることは大商リースの債務不履行により生じる被告の信用不安を回避するという点で被告自身にとっても利益があった。
本件念書の文言は「同社(大商リース)の貴社(原告)に対する債務について、当組合(被告)は貴社に一切のご迷惑をおかけいたしません」と記載されており、直接的に弁済責任を負う旨が表明されており、また、本件念書には被告の印鑑証明書が添付されていた。更に、本件念書は、「信用組合大阪商銀が責任をもってご返済致すものでございます。」との記載がある本件書簡と一体のものとして原告に提出された。
以上に照らすと、本件念書は、大商リースが本件貸付による債務を履行できないことが確定した場合には、被告が右債務について大商リースに代わって一切の支払義務を負う旨の支払担保約束の意思表示をしたものである。
2 被告
(一) 本件念書の性質は経営指導念書である。それは、債務弁済に関する交渉の過程で、念書の具体的内容や効力に関して、当事者間の認識が合致していない状況のもとで、あえて、曖昧な表現を用いて作成される。
こうした経営指導念書の性格に照らすと、それは債務の支払を担保する等の法的責任を生じさせる効果を持つものではない。
(二) 本件念書の様式も被告の債務負担意思の表示を欠いているうえ、その全体の表現から見れば、被告が大商リースに対して経営指導を約束する趣旨の性格を持つことが明らかである。
本件念書中、「当組合は貴社に一切のご迷惑をおかけいたしません」との表現も、日常の用語例を用いて記載されたもので、被告の責任について法律要件及び法律効果の記載はないのであるから、これをもって、支払担保の意思を表明したということはできない。
(三) また、本件念書は、平成四年五月一八日、被告が当時経営が悪化していた大商リースの債権者から支援要請があった場合を想定して、統一的な対処をすることを目的として作成された様式を用いて作成されたものである。
右当時、被告は法令により事実上債務保証ができない立場にあったもので、その後、右債務保証の要件は緩和されたが、本件念書提出当時の被告の認識には変化がなかった。
(四) 本件貸付の当初の返済期限である平成五年八月当時、大商リースが本件貸付の一括返済をすることは不可能な状態にあり、原告もそのことを了知していた。
他方、仮に大商リースが履行遅滞に陥ったとしても、原告がこれに対して直ちに法的手段を講じることも、その効果が期待できないばかりでなく、結果的に原告と各種金融機関との関係を悪化させることあるいは原告自身の財務内容を悪化させることへの懸念から、事実上、不可能な状況にあった。
原告が大商リースとの本件貸付について交渉した際の思惑は、分割返済を受けることを主たる目的とし、少しでも担保を確保できればよいという認識であった。
こうした状況のもとで、原告は元本の返済要求を断念して大商リースに対する返済期限猶予に応じることとするが、被告から本件念書を差入れさせて社内説明資料としての形式を整えたにすぎない。
(争点2について)
1 原告
(一) 被告は本件貸付について支払担保の責任を負担する意思がないにもかかわらず、本件念書を原告に交付し、原告にこのような意思があるものと誤信させた。
(二) その結果として、原告は大商リースに対して平成七年八月三一日まで四回にわたり弁済期の猶予をした。
(三) 原告が弁済期を猶予せず、当初の弁済期に法的措置を講じていれば回収できた元金全額と現に回収された額との差額は、被告の右不法行為により生じた損害というべきである。
2 被告
原告の主張を全部争う。
第三裁判所の判断
(争点1について)
一 本件念書が原告に提出された経緯について
甲第三号証ないし第五号証、第六号証の1、2、第七号証の1、2、第八号証ないし第一一号証、第一三号証、第一六号証、第一九号証、乙第一一号証、第一二号証、証人中村明人及び同大林健史の証言によると、以下の各事実を認めることができる。
1 大商リースは、主として被告自身が融資等を実行することが困難な者に対して金銭貸付を行うことを目的として、平成元年六月二二日に被告の関係者を発起人として設立された法人であって、大商リースの役員も被告の役員ないし従業員らによって構成されており、被告は大商リースに対していわゆる「母体行」との立場にあった(ただし、大商リースは被告の商法上の子会社ではなかった。)。
2 大商リースはその事業資金について多数の金融機関から融資を受けており、本件貸付もその一環であった。
3 本件貸付の担保については、物的担保は設定されておらず、連帯保証人として本件貸付当時の大商リースの代表者が個人として連帯保証人となっていた他には、担保のための債権譲渡予約がなされていたが、譲渡債権を特定することなく、原告の請求があったときに債務者の氏名、債権額等を特定して提出して譲渡手続を取ることが約定されていたにとどまる。
4 平成三年ころ以降、大商リースの経営及び資産状況が悪化し、各種の金融機関からの事業資金の借入の返済に苦慮するようになり、被告も母体行としての立場から大商リースの債権者に対する何らかの対処をする必要が生じていた。
そこで、被告は、平成四年五月一八日の理事会において、大商リースの債権者に対して本件念書と同様の文言を持つ念書を差し入れることを決定した。
右決定の過程で、被告としては、本件貸付に対する保証は法令上許容されないとの認識のもとに、各債権者に対して大商リースの債務を保証することなく、被告として大商リースの経営に対する必要な指導ないし支援を行うことを表明することによって、大商リースの債権者から債権の回収について猶予を得るなどの協力を得ることを目的としていた。
(なお、改正前の中小企業等信用組合法九条の八第二項五号、四号によると、信用協同組合がなしうる債務保証は、国民金融公庫その他大蔵大臣が指定する者の貸付事業の代理をする場合に生じる債務の保証に限定されており、本件貸付のようにこれに該当しない債務の保証は禁止されていたが、平成四年六月に改正され平成五年五月から施行された同法の改正法は右のような制限を緩和していた。)。
5 そして、被告は、大商リースに対して、大商リースが有する債権の回収方について経営指導を行ったほか、大商リースの各種金融機関に対する債務について、利息支払に必要な資金援助を行う程度の支援を行うこともあった。
6 本件貸付の返済期限であった平成五年に入って、原告も大商リースの資産ないし経営の悪化に対して懸念を持ち、同年四月ころから、原告中村部長は東に対して当初の返済期限に一括返済するように再三申し入れをしていたが、東は返済期限に一括返済をすることは不可能であるとして弁済期限の猶予を求めていた。
7 そして、原告中村部長は、平成五年五月二八日、東と面談して、改めて本件貸付の期限の一括返済を求める一方で、返済を猶予する条件として、分割返済を求めたが、東はこれに対する即答を避け、被告担当者との協議を行うよう求めていた。
8 そこで、原告中村部長は、平成五年七月二一日、被告大林理事と面談し、原告の方針としては当初期限に一括返済を求めることとするが、これが不可能であるならば分割返済を求める意向であることを伝達し、被告もこれを容認するよう求めたが、被告大林理事は分割返済も不可能であるとして弁済猶予を求めた。
9 こうした経過の中で、原告は、平成五年八月四日、文書により、大商リースに対して返済猶予の条件として分割返済案とこれにともなう利率の変更案を提示したが、東が右条件を拒絶したために、同月一三日、再度右の条件を緩和して大商リースに提示するとともに、前記債権譲渡予約に基づいて譲渡債権の特定を求めた。
10 これに対して、被告及び大商リース側は、平成五年八月一八日、東と被告大林理事及び被告の山喜理事長が原告を訪問したうえ、原告中村部長と交渉をした。
その場で、被告大林理事ないし山喜理事長は、原告が提示した分割返済及び利率の変更の条件には応じられないことを回答したうえ、被告は母体行として、本件貸付の利払いに対する支援を含めて、大商リースの経営に対して協力をする旨を表明し、そのための念書の提出を約したうえで、本件貸付について弁済猶予を求めた。
原告中村部長は右の席上では被告ないし大商リースの求めには応じられない旨を答えた。
11 そして、被告は前記の方針にしたがって原告に対して指導念書を提出することを決定し、平成五年八月二三日、東が本件念書に被告の印鑑証明書を添付したうえ、更に、大商リース自身の作成にかかる本件書簡を原告に持参した。
12 原告は、本件念書の提出を受けた後、平成五年八月二六日までに、主としてこれまでの利払いが正常に行われていること、被告が利払いについては協力を表明していることを考慮し、現状における本件貸付の一括返済を求めることは不可能であり、そのための法的方法を取ることも困難であると判断したことから、本件貸付の担保として、引き続いて、譲渡債権の特定を求めていくとの前提でその返済期限の猶予に応じるとの判断をした。
以上のとおりに認められる。
なお、甲第一六号証及び証人中村明人の証言中には、平成五年八月時点の原告の判断としては原告が提示した支払猶予の条件が容れられない場合には法的手段を含めて本件貸付の回収を図るという方針であったこと、これを回避するための方法として、原告側から被告に対して本件貸付に対して支払を担保するよう求めたとする部分がある。しかしながら、そもそも大商リースの経営ないし資産状況は平成三年ころから悪化していたことは前記認定のとおりであって、こうした状況のもとで直ちに原告が本件貸付の回収のために法的手段に移行することが適切であったかどうか自体に疑義があるうえ、甲第六号証の一及び甲第七号証の一(それぞれ、平成五年八月一二日及び同月一七日に原告から被告に宛てられた返済猶予条件の提示文書)中にも、このような場合の定型文言として用いられる法的手段に移行することを表明する文言も記載されていない。また、甲第一九号証(本件貸付の返済期限の猶予について作成された原告の決済書面)によっても、原告が本件貸付の返済猶予の判断に達した理由として、本件念書を挙げている記載はあるものの、同書証の全体の記載を見ると、これが必ずしも決定的な理由となっているとはいえない。また、そもそも、仮に原告が被告に対して大商リースの債務について支払の担保を要求するとすれば、その方法は保証によるのが通常であると考えられるところ、原告側からこれを求めた形跡をうかがうことはできない。
以上によると、甲第一六号証及び証人中村明人の証言中前記の部分は採用できない。
二 本件念書の評価
1 まず、本件念書の文言をみるに、「貴社から借り受けた借入金及び、これに附帯する一切の債務についても、当組合は、同社をして約定書の各条項を遵守させます。」との文言は、大商リースに対してその債務を履行させるべく指導を行うとの趣旨を読みとることができるものの、それ以上に、被告が原告に対して直接何らかの法的責任を負担するとの趣旨を読みとることはできない。
他方、本件念書中には、右文言の他、「約定書に基づく同社の貴社に対する債務について、当組合は貴社に一切のご迷惑をおかけいたしません。」なる文言も記載されており、この文言は、それ自体としては、原告と被告の関係に触れる文言であると見る余地がないわけではない。
しかしながら、一般に、第三者が主たる債務を負担している場合に、第三者が同債務について弁済をしない場合、これに代位して支払の責任を負担する場合の典型的合意は保証であることは論を待たないところであるから、これと異なる非典型的合意があったとみるためには、文言上も、その責任の内容及びその要件となる事実について、少なくとも、その概略が記載されていなければならないものというべきところ、右文言は単に「迷惑をかけない」との日常的用語が記載されているのみで、その責任の内容はもちろん被告が責任を負うべき場合の要件に触れるところがない。
原告は、大商リースから原告に提出された本件書簡の文言をも併せ考えるべき点を指摘し、同書面中には「信用組合大阪商銀が責任をもってご返済致すものでございますので」なる文言が含まれているわけであるが、前判示の事実によっても、原告自身も被告と大商リースが別法人であることを前提に交渉を行っていたことは明らかであって、大商リースから提出された書簡に右のような文言があるからといって、直ちにこれを原告と被告の法律関係を定めるについて斟酌することはできないというべきである。
以上によると、本件念書は、その文言自体から見て、原告が主張するような支払担保約束を表示したものとみることはできない。
2 更に、一において認定した事実によると、まず、被告が本件念書の様式を決定した経過を見ても、被告が大商リースの債権者に対して直接に支払の責任を負担するとの意思を有していたものと見る余地はない。
他方、原告は、本件念書を被告から提出を受けて、これを本件貸付につき弁済猶予を判断する要素としたことは確かであるが、その際の、原告の判断においては、利息の支払については被告の協力が得られることが期待され、また、当の時点で直ちに法的手段に移行することが事実上困難であるという点が考慮されているにとどまり、それ以上に、被告が本件貸付につき保証その他の形態で、本件貸付について法的な責任を負担することまでは期待していなかったことが認められる。
そうであるとすると、本件念書が作成、提出された経緯によっても、被告が原告に対して大商リースの本件貸付による債務の支払担保の意思を表示したとみるべき根拠はないものというべきである。
三 以上によると、争点1に関する原告の主張には理由がない。
(争点2について)
右争点1において認定、判断したところによると、本件念書の文言自体から見て、被告が原告に対して大商リースの本件貸付による債務について支払を担保する意思を表示したものとは認められず、また、その作成、提出の過程において、被告が原告に対して右のような意思を有する旨を誤信させたものと認めることもできない。
以上によると、争点2に対する原告の主張にも理由がない。
(結論)
以上によると、原告の本訴請求にはいずれも理由がない。
(裁判官 神坂尚)
別紙1・2<省略>